■「〇〇な人」と言われてきた私
これを読んでいるあなたは、変わってる、浮いてる、我が道を行く人、アレな人、友達いない人、暗い人…などと言われたことはありませんか?
現代の言葉で言うなら、マイノリティ、HSP、コミュ障、陰キャ…という言葉も加わるのではないかと思います。
私の場合、侮辱的な言葉も挙げるならば、足りない、ちょっと病気の子、とも言われていました。
地域の進学校に入学したら、近所の人たちに
「〇〇高校って本当?でもあの子病気でしょ?」
とウワサされていました。
小さい頃から、まわりと同じことをする意味がわかりませんでした。
自然とまわりから浮いてしまう行動も取っていました。
■外側基準で生きるか/内側基準で生きるか
例えば、私はこんな感じの子でした。
◆「気分」での行動
・給食を何も食べない(幼稚園に入ってしばらく)
・話したくない時は一言も話さない
・近所の人が話しかけてくると逃げる
◆独特な感覚の世界
・大人の言ってることと思ってることが違うと分かる
・色の見え方が友達と違っていて、私の見え方が受け入れられない
・気持ち悪い柄があると近付かない
・大きな音や嫌な音がする場では耳をふさいでいる
(運動会の玉入れは参加したくて、片手で参加)
・女の子を好きになる
こういう自分のことを、「正常ではない面倒な人間」なんだと思っていました。
でも実際は、私は「外側の基準ではなく内側の基準で生きているタイプの人間だった」 のでした。
■外側基準・内側基準とは?
◆外側の基準で生きるとは
外にある価値に触れた時に、満足や生きている実感を感じる生き方。
例:ステータス、他人の評価、役割、勝利、見栄え、数字で示される価値など。
◆内側の基準で生きるとは
自分の感覚がそのまま動いて、それを自分の言葉や表現で表せた時、生きている実感がある生き方。
これは
「強い/弱い」
「優れている/劣っている」
「役に立つ/立たない」
という話ではありません。
「生きている実感」がどこで生まれるかの違いだけです。
■「うまくいく」の意味も、人によって違う
自分がどちらの基準で生きているかによって、「うまくいく」の意味は大きく変わります。
例えば内側基準の喜びを感じるタイプである私が、使い切れないほどの資産や豪邸や高級車を手に入れたとしても、信じられないくらい心が弾まないことは明らかです。
華やかな海外旅行より、その土地ならではの空気や自然、生活感に入り込むような旅が好きです。
自分の心の奥が動く方にしか、本当の実感は生まれません。
■「どうせ理解されない」という、すねた気持ち
なかなか理解されにくかった私ですが、30代の終わり頃から、自然のままの感覚を出してもスムーズに通じることが増えてきました。
もともと内側基準の強い人間なので「通じなくても構わないよ」という感覚も自然に戻ってきました。
「自然に」というのは、強がりではないという意味合いです。
ここに来るまでは、「どうせ私の感覚なんてわかってもらえない」というすねた気持ちがありました。
それが「理解されなくても構わない」という感覚に変わりました。
最近では、私のようなタイプを「宇宙人」「スターシード」「風の時代の人」と呼ぶ流れもあるけれど、正直、肩書きはどうでもいい。
分類もコミュニティも、私には不要です。
コミュニティの中での分かち合いも要りません。
■寂しさの先に「自分が自分に帰ってくる」
私が、分かち合いや分類に惹かれない理由は単純で、自分の感覚を制限せずに使い、そのまま表現できることが喜びだから。
それは「私が私に帰ってきた」という感覚です。
ひとりであることが、いつでも寂しくないとは言いません。
寂しい時は、ごまかさずに、自分の中で「寂しい」という感情をケアします。
様々な孤独や寂しさも経験してきました。
誰かと一緒が良くても、誰も来てくれない孤独も味わいました。
寂しいのが嫌で集団に入り込んだ時もあります。
その場で私の心は浮いていて疲れたし、後には寂しさが残りました。
そういうものも、ひとつひとつ味わうたびに、淡々とケアをしていくのみです。
その積み重ねこそが「自分に帰っていく」最短ルートなのです。
■内側に一致している瞬間の「私」
私が私である時、ひとりで行動することこそが「自分を生きてる実感のある」本質なんだとわかりました。
人の目も気にならない。
自分と究極に一致している時には、
「この私を見ればいいのに、むしろ見なよ」
という、遠慮がなく強気な「オレ様」みたいな感覚が出てきます。
普段は、自分の感覚を守るために小さくなりがちな私です。
でも、「自分を生きてる!」と感じている時だけは、外側基準に合わせる癖が完全に外れて、内側基準の私がそのまま現れています。
■外側基準で作られた「無難な自分」
私は幼い時から、外側の基準に合わせるために、以下のようにして自分を守ってきました。
・自分の考えを曲げて無難にする
・見えたものや感じたものを黙っておく
・デリケートな気持ちは秘めておく
・なるべく目立たないようにする
・「外さない」発言パターンを学ぶ
こうして自分を守ってきました。
傷付きたくなくてあまりに強く守ってきたから、これらの癖が一気に剥がれることはありません。
もし一気に剥がれたならば、通常の人間は、気がおかしくなるはずです。
私も間違いなく耐えられなかったと思います。
私は日々の生活の中で、ひとつずつ、1枚ずつ、外側基準の「守り」を外す作業を続けています。
この作業をやり続けていること自体、結構クレイジーです。
私は、自分を発揮して生きることをあきらめる気が無いから、続けています。
■外側での成功が空虚になる時
私は過去、外側基準の目標を達成したことがあります。
なぜか思っていたほどうれしくなくて、人から感謝や賞賛をもらっても心が動かない。
心が枯れたのかと悩んだ時期もありました。
他人の作ったヒーリングを、コンサルの販売戦略を取り入れて提供していた時期のことです。
私のやりたいことに似ていたけれど、芯は外れていたのでした。
成功したけど何かうれしくない。
幸せを手に入れたけど、自分が無くなってしまった気がする。
もしあなたにこういう感覚があるなら、外側に伸びる段階ではなく、内側に入る段階が来ているということです。
■外側基準と内側基準の整理
私は根本的に内側基準タイプですが、ここまで生きてくる過程で、外側基準も多く取り入れてきました。
だから、内側に深く向かおうとすると、外側を満たそうとする癖が疼いて、内向きの動きを引き止めることがあります。
その疼きとの向き合いのヒントに気付いたばかりなので、整理できたことを今後の記事で書こうと思います。


コメント