同性への想いがあっても、動けなかった理由

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同性を好きになることを自分で認められなかった時期が、私はとても長かったです。

自分の感情が外に出る(バレる)ことで、世界の中での「自分の位置」が変わってしまうかもしれないという、自分の存在を脅かす恐怖がありました。

なので、恋愛感情そのものに入り込むよりも、同性への恋愛感情を持つ自分がどう見られるのかが強く気になりました。

私が初めて恋愛感情を持ったのは、6才の時でした。
相手は同じクラスの女の子でした。

身近な大人に対して

この気持ちがまわりの大人にバレたなら、教育されたり、指導されたり、矯正されたり、治療される…というような想像が働きました。

なので、親にも先生にも隠しました。

友達に対して

友達ならわかってくれるかと言うと、そうも思えませんでした。
「理解の外にあるものは、仲が良くても受け入れられない」ということを、私は幼稚園時代に経験していました。

私が女の子を好きなことを知ったら先生に伝える友達もいそうだし、おもしろがっていろいろ聞いてこられるのも嫌だと思いました。

なので、仲の良い友達にも隠しました。

本人に対して

好きになった本人にも言えませんでした。
同性愛は身近には無かったですし、テレビで取り上げられるとしてもいじられる対象でした。
だから、私のこの気持ちは、その子のことも困らせると思いました。

また、「嫌い」と言われるよりも、未知の恐れが強くあったかもしれません。

「好きと言っても、女の子同士でしょ?」などと率直に聞き返されることがいちばん厳しかったと思います。

当時の私はそれに返答する概念も言葉も持っていませんでした。

その後の成長過程でも、私は何人もの女の子を好きになりましたが、誰にも言わずに隠し続けました。

女子から告白されても、応えられなかった

高校生の時には、好きだった女子に告白されました。
私は「自分も好き」と、伝えることができませんでした。

その子はその前に、学校でも人気のある男子と付き合っていました。
私は、彼女から私に向けられている気持ちを信じ切れませんでした。

私の中では「彼と別れて不安定な気持ちだから、私のことを好きだと勘違いしているに違いない」という考えに至っていました。

私とその子が想い合っていることがまわりに知られたなら、高校全体のウワサになる気さえしました。

当時はそのくらい、同性同士のリアルな恋愛に触れることがありませんでした。

同性愛を描いた同人誌はあったのですが、作り話の世界という受け取り方でした。
しかも、女子の間で共有されていたのは、男性同士のストーリーだけでした。

好きになった時も、好きと言われた時も、共通すること

過去、同性に好意を持った時も、同性から向けられた時も、共通することがありました。

どちらであったとしても「揺れ」を産んで、その好意に関わる私と相手が「普通の場所からズレていく」ような感じがありました。

一言で表すなら、ふたりが想い合うことで「浮く」ような感じです。

まわりからしたら、見せ物のようであって、好奇の対象にはなるけれど、どこかかわいそうがられてコソコソと扱う感じ。
腫れ物のようとも言えるかもしれません。

その「不安定な揺れ」を起こす感情を、隠す以外にどう扱えばいいかわかりませんでした。

また、私が大切に想う相手をその揺れる場所に引き込むような苦しさもありました。

このようなためらいがあって、高校の時の友達に何も応えられなかったのだと、今になって言語化できました。

同性への恋愛感情を言語化してみて、起こったこと

過去に同性を好きになった時のことを、その時に何を考え、何を恐れていたのかも含めて、できるだけ具体的に書き出してみました。

無理に意味づけをしたり、考え方を変えようとしたりはしていません。

当時の自分が、どう感じていたのかをたどっただけです。

その日の夜、印象に残る夢を見ました。

過去に好きだった女の子のひとりが出てきて、彼女が私にキスをしました。

私も、こうしたかったという気持ちをその子に伝えて、熱烈にキスを交わしていました。 

場所は、私の実家でした。
親や祖父母も、その場にいました。

これまで、性的な夢の中で、実家が舞台になると、私は決まって嫌な気持ちになっていました。

隠れなければいけない
見つかったらまずい
逃げなければならない

親や祖父母の前で「性的な自分が存在してはいけない」という感覚でした。

また、家族は私が同性を好きになったり、同性同士で親密な行為をするとは思っていないはずです。

ですが、今回見た夢では、そうした感覚はありませんでした。

好きな女の子と親密に触れ合うシーンを、私の実家で展開していたにも関わらず、焦りも罪悪感もありませんでした。

夢の中の私は、何も気にすることなく、入り込んでいました。

そう、私は、女性を好きになる自分を自分で認められなかった時代にも、何も気にせずに好きな人と「こうしたかった」

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ヨォ(おがすみ)|心と体のセラピスト

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