前の記事で、外側基準と内側基準について書きました。
◆外側の基準で生きるとは
外にある価値に触れた時に、満足や生きている実感を感じる生き方。
例:ステータス、他人の評価、役割、勝利、見栄え、数字で示される価値など。
◆内側の基準で生きるとは
自分の感覚がそのまま動いて、それを自分の言葉や表現で表せた時、生きている実感がある生き方。
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この記事では、恋愛と趣味について、内側基準の捉え方と外側基準の捉え方の違いを書いてみたいと思います。
前提として、私は内側基準の強い人間です。
でも、内側基準と外側基準で人間を区別して、内側基準の人とだけ分かり合って付き合っていきたいわけではありません。
私は、外側基準の強い人に恋愛感情を持ったこともありますし、これからもあるのではないかと思います。
■恋愛について
では、まず、恋愛についての違いを整理したいと思います。
私の感じているところでは、このような違いがあります。
◆外側基準の恋愛
・体や顔の特徴を重視する傾向
・パートナーと、何をするか、どういうことをするかが重要
・他者には、パートナーとの出来事を中心に共有する
外側基準の場合だと、視覚的情報や、数値的情報が多い印象です。
出来事を「写真のように記憶に残していく感じ」と言えるかもしれません。
写真や数字を使うことで、他者に共有する時も共有しやすくて伝わりやすい形です。
外側基準の人同士の会話では、話がどんどん広がっていくイメージがあります。
話の始まりの場があるとしたら、道路ができて、車線が増えて、高速道路ができたり、線路が通ったりして広く発展していくイメージです。
◆内側基準の恋愛
・感覚や感性を重視する傾向
・パートナーと、感じたことの共有をすることが重要
・他者には、パートナーとの出来事で感じた感覚や感情を中心に共有する
内側基準の場合だと、感覚や感情の言語化が多い印象です。
出来事を「自分の感覚を通して言語化する感じ」かなと、私自身の感覚として思います。
それは、はっきりした視覚的・数値的にはなりにくい印象です。
視覚的にするなら、イメージ画像のような抽象的だったりメッセージ性に込める感じです。
他者に伝えたい時には、言葉、文字、文章にするのが最適な形かなと思っています。
内側基準の人同士の会話では、話がどんどん深まっていくイメージがあります。
話の始まりの場から、土の中に根が張られて行くように、自分の心の中に根を張っていくような感じ。
話しながら、聞きながら、自分の感覚や感情の発掘にもなっている感じ。
まだ進んだことのなかった心の奥に根が届くと、生き返ったような気持ちになります。
◆外側基準の人と内側基準の人が恋愛について話す時
外側基準の人と内側基準の人が恋愛についての対話をする場合、ややかみ合わない感じになることがあります。
外側基準の人が話すと、パートナーとどこに行って何をしたかの羅列になって、内側基準の人はその時の気持ちや感触について知れないと不完全燃焼になります。
出来事をポンポンとテンポよく共有したい外側基準の人からすると、気持ちや感触などをいちいち聞かれたり、話の方向が気持ちや感触を深める展開になるとかったるい気持ちがあるでしょう。
■趣味について
◆外側基準の趣味
・世間的にカッコ良いイメージな傾向
◆内側基準の趣味
・マニアックな傾向
・誰に見られなくてもやる感じ
・ストイックだったり、時間を忘れて自分の世界に入り込む
◆具体的に見ていくと…
私の感覚で例として挙げると、サーフィンなどは外側基準な趣味だと思います。
対して、「○○オタク」と名の付くものは、内側基準な趣味として思い浮かびます。(鉄道とか、マンガ、ゲームなど)
筋トレはどちらとも言えそうです。
「見せるため」の意識は外側基準が強いですし、「自分の喜び」であれば内側基準が強いのではないかと思います。
趣味についての知識や技術などを披露するタイプの会話が外側基準で、自分の好みやどこがどう良いかを語るタイプの会話が内側基準とも言えそうです。
私は内側基準が強いため、私の興味のある分野のことでも、知識や情報だけを羅列されてもあまり会話に入り込めません。
「これのここが好き」とか、「ここにこういうものを感じる」のような会話になると、引き込まれていきます。
私が特に好きなシチュエーションは、口数の少ない印象だった人が、好きなものの話を熱く語り出す場面です。
急に目が輝いて、そのことへの愛やこだわりなどを話している姿が好きです。
◆「きっかけ」と「深まり」
また、知り合いに「当時の流行に乗っていて目立つしカッコいいからある趣味を始めたけれど、やってみてもピンと来なかったし深まらなかった」という人がいます。
この場合、「外側基準で選んだ」こと自体は自然な流れです。
外側の魅力から何かを始めることは、誰にでも起こります。
ただ、その後に深まらなかったということは、その趣味が その人の内側の感覚には響かなかったということ。
外側をきっかけに動くこともあれば、内側が響いて深まることもある。
この人の例には、それぞれの基準の働きが現れていると感じます。
■「実感」がどこにあるのか
恋愛でも趣味でも、外側基準の人と内側基準の人では「その出来事のどこを実感として受け取っているか」 が違います。
◆外側基準なら、見えるものや出来事、数字やわかりやすい材料が中心になる。
◆内側基準なら、その時に動いた感覚や、心の中の変化が中心になる。
どちらが正しいということではなく、それぞれに自然な「実感の入り口」があります。
ただ、この違いを知っていると、
「この人は外側基準で話しているんだな」
「私は内側基準で聞きたいんだな」
というふうに、会話がかみ合わない理由がわかりやすくなります。
違う基準の人と出会った時、相手がどんな景色を見て話しているのかに気付けると、その人の世界を扱いやすくなるし、自分の世界も無理に曲げなくて済みます。
私たちは、それぞれの基準で世界を捉えているだけなのだと思います。



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